ターザン山本氏が興和サインを語る

見るからにクセのあるスペシャリスト集団

ターザン山本氏が興和サインを語るこの春、私は看板業を営む興和サイン株式会社の代表取締役・高橋芳文氏から、社員向けの講演を頼まれた。

え!? マジですか?

私は今から20年前、スポーツの総合出版社であるベースボール・マガジン社で『週刊プロレス』の編集長を9年間やった。

公称40万部。雑誌は爆発的に売れ会社に多大な貢献をした。社長賞を4年連続でいただき、創業者の池田会長からは「お前の銅像を建てなければいけないな」と冗談で言われたこともある。

しかしその一方で私生活はメチャクチャ。バツ2で、カミさんには2回逃げられた。とにかく、競馬が好きで稼いだお金はすべて馬券につぎ込み、いつもスッカラカンの人生。

しかも私の生き方は“適当、いい加減、無責任”がモットー。毒を食らはば皿まで、後は野となれ山となれ、さよならだけが人生さ、と開き直っているのだ。そんな私が、一般企業で働いている人に対して話をする資格があるのか? それをわかったうえで私に講演を依頼してきた高橋社長は、よっぽどの変わり者と見た。実は私は、変な人間がとても好きなのだ。

社員向けの講演いざ、会場である中野サンプラザの研修室に入った時、私は納得した。興和サインの従業員はみんな、いい意味で見るからにクセがありアクが強い。少し話をしているうちにわかってきたことは、営業、デザイン、現場、製作と各部署で働く彼らは、自分の仕事をきっちりやるスペシャリスト集団。そのかわり社内の人間関係はあっさりしたもの。でも、これでいいのだ。従業員を家族に例える経営者も多いが、そんなものは幻想、偽善、嘘っぱちである。

そんな社員に真面目なこと、まともなこと、常識的なことを言ったら飽きられるだけだ。誰もそんな退屈なことは聞きたくない。じゃあ、思い切りハレンチな私の生き方をぶつけるしかない。

とっさの方向転換である。私が過去、いかに編集長としてワンマン、身勝手、公私混同で雑誌を作ってきたかを語った。つまり私は部下に対して「俺がルールだ! 文句あるのか!?」と徹底させていた。それで雑誌は売れていた以上、私は正しい。間違ってはいない。

資本主義の世界では数字と結果を出せば何も言われない。ベースボール・マガジン社は、“編集者は黒子であれ”“縁の下の力持ちになれ”という社の方針があった。しかし私は編集長が表に出るべきと考えていた。編集長がどんな人物なのかはっきり読者に伝わっていないようでは雑誌が売れないと思い、テレビ、ラジオ、新聞などに広告塔として積極的に出演した。会社の会長はなぜか私を認めた。許した。黙って見過ごした。やっぱりこの世の中には例外はあるのだと、私は勝手にそう理解した。

興和サイン交流会まあ、そんな内容の講演だったので90分はあっという間に過ぎた。その後は、交流会として中華料理店に席が用意されていた。それなりに和気あいあいモード。いっけん職人肌の社員もこの場ではけっこう口を開くので安心した。私を呼んだ社長の賭けは成功したのだ。お見事と言うしかない。してやったりの心境だろう。

興和サインの社員は「真田十勇士」でいいのだ。それぞれが得意な能力を持ち、いざとなったら団結して事にあたる。それが理想的集団である。何の問題もない。だって職能集団としてスキルの高さを求められているのだから。

アクの強い個性派揃いの興和サインで最も目立っている高橋社長

興和サインの社員面白いことに、アクの強い個性派揃いの興和サインで最も目立っているのが高橋社長なのだ。野球にたとえるとエースで4番、しかも監督。演劇の世界でいうと“作・演出・主演”といったところ。

私からするともっともっと目立つべきだ。私は編集長だったときに“ターザン山本”というニックネームを付けられた。こういったことはおそらく日本では私くらいだろう。ニックネームは非常に効果的だ。『週刊プロレス = ターザン山本』となるからだ。これが本名の山本隆司では迫力もスケール感も出ない。

この際、高橋社長もニックネームを付けたらどうだろうか? 横文字で○○○高橋。その方がわかりやすい。親しみが出る。一石二鳥ではないか。ぜひ、やってほしいなあ。

ところで21世紀の企業にはふたつのテーマがあると私は考えている。そのひとつは業界の常識、既成の価値観をあえて打破していこうという生き方である。

たとえば看板業界には、昔ながらのカラー、フォルムがある。いわゆるイメージ、慣習みたいなものだ。看板はこういうものであるという固定概念のことだ。おそらく多くの人はそれに従って看板を作っている。

まあ、その方が安心できる。しかし高橋社長はそこを変えたいと思っている。看板そのもののイメージを一新したい。そういう野望を持った人なのだ。ひとことで言うと「看板革命」を起こすべく日夜、闘い続けている。どんな業界も常識的であることがアイデンティティになっている。その壁はきわめて厚い。興和サインはそこをなんとかブチ壊そうとしているのだ。

従来の看板業の概念から真っ先に抜け出した興和サイン

I♡歌舞伎町 KABUKI-CHOひとつの例がある。2014年10月に、歌舞伎町のビルの壁面に「I♡歌舞伎町 KABUKI-CHO」という看板を設置した。普通はそのビル名や入居する会社名、テナント名を看板にする。そこをあえてしなかった。そうしたらそれが外国人観光客の目に留まって、その看板をスマホやデジカメでバチバチ写して、次々にSNSへアップしているのだ。こうなると当然のことながら、「I♡歌舞伎町」の看板は、世界へ拡散されていく。

これがまさしく高橋社長が求めてきたコンセプトなのだ。看板の直接的効果とは別の発想をする。そのことを、お客さんがいかに理解できるように仕向けていくかが今後の課題かもしれない。そこはもう地道にコミュニケーションしていくしかない。看板のあり方にレボリューションを起こそうとのメッセージを送り続けていくのだ。これは看板業界だけに限らない大きな時代の動きである。

立石仲見世商店街それと私事で恐縮だが、私は葛飾区の立石に住んでいる。ここは昭和の香りが色濃く残る下町として、テレビ番組で取り上げられることが多い。そのため一見さんも多数訪れる。人気の居酒屋は夕方前から満席になる。

そんな中、立石仲見世商店街のとあるおでん屋のママが新たにお店をオープンした際、私に看板を描いてくれないかと言ってきた。毛筆と墨が用意されていて、私はハシゴに登って一気に看板を描いた。まったくの素人であるのに。しかしそれが珍しいのかテレビ局がこのお店を取材すると、必ず私が手描きした看板も撮っていく。

ママはその看板を「言霊(ことだま)看板」と名付けた。お客さんが増え、商売は繁盛している。その「言霊看板」は興和サインがビジネスとして新たな商品メニューにした。高橋社長は革命児としての素質がある。これはもしかすると化けるかも。古い体質を抱えるジャンルであればあるほど、ひとりの革命児によって、ある日突然、一挙に価値観を変えられてしまうかもしれない。

ターザン山本もうひとつの21世紀のビジネスの流れは、文化活動をビジネスと併用していくことだ。私の友人である製造業の社長は、ネットで2000字小説のサイトを立ち上げ、小説家を夢見る人たちにその場を提供している。自分の本業には関係ないのにである。それも実はありなのだ。業界の垣根を越えて何かをやっていく。それが21世紀におけるベンチャービジネスであり、ビジネスチャンスだ。私はひとり、そう考えているのだ。自分を捨てて考えられる人間が、時代の真の勝利者になる。

守りに入っている世界から、いちはやく脱出する。抜け出す。ビジネスはその先陣争いみたいなものだ。要は早いもの勝ちなのだ。興和サインを率いる高橋社長には、その部分で大きな期待がかかっている。たかが看板。されど看板。もう、やるしかない。社員は真田十勇士。興和サインは「真田丸」ならぬ「興和サイン丸」として時代に向かって飛び出そうとしている。

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