お客様に聞く – まぐろ問屋 仁井田商店

まぐろ問屋 仁井田商店

下関のまぐろ問屋、仁井田商店は、大きなまぐろの立体看板をつくった。従来の看板を、なぜ立体看板に変えることにし、興和サインへ依頼したのか。その経緯や効果などを、有限会社仁井田商店代表取締役社長の仁井田誠治さんと、長男で統括リーダーである恭勝さんにお話をうかがった。

1.その場で食べられる 下関地方卸売市場「唐戸市場」

― 仁井田商店は、どんな問屋なのですか?

仁井田商店 1950年に、下関漁港の海産物をあつかう問屋として、「唐戸市場」内で創業しました。下関はふく(下関では「ふぐ」のことを「ふく」という)が有名ですが、当店は海産物全般をあつかっています。二代目の私の代になってからは、まぐろを中心にあつかうようになり、いまでは、まぐろ問屋と銘打っています。パートが10名近くいますが、長男以外にも、次男、四男、妻、長男の嫁も手伝っている家族経営です。

― 唐戸市場は、観光市場としても有名だそうですね。

唐戸市場

2002年に唐戸市場のリニューアルオープン後、市場内で寿司の屋台をはじめた店があり、当店も含め、多くの問屋が、一般の観光客相手に飲食を提供する屋台もはじめるようになりました。珍しさも手伝って人気となり、観光市場として、全国に知られるようになったのです。昨年は、当店でも飲食の売上が、初めて卸の売上を超えました。

― 卸売市場なのに、飲食・小売することに問題はなかったのですか?

もともと、ほとんど規制らしきものはなく、なんでも「ありあり」の自由な雰囲気でした。中央ではなく、地方卸売市場だったからできたということもあるでしょう。高杉晋作を生んだ改革の風土も関係しているかもしれません。幕府禁制のふくを食べてた街ですしね。

― 市場の2階にもお寿司屋さんがありますが、クレームはなかったのですか?

最初は当然反発もありました。そのため、屋台はあくまでも一時的なイベントあつかいということにしています。それでも、いまでは、日曜・祝日と、金曜・土曜日のセリの終わったあとに、朝10時頃からやっています。しかし、この屋台人気のおかげで、市場への来場者が何倍にも急増し、お寿司屋さんのお客さんもまちがいなく増え、文句は言われないようになりました。

2.親子してそれぞれが立体看板をつくりたいと前々から思っていた

― 以前は、どんな看板でしたか?

20年以上前につくった看板(下記写真)で、看板として二代目のものでした。まぐろを切り、部位の説明を入れ、それなりにこだわってつくったものです。でも、お客さんから部位について聞かれたとき説明に使っていた程度で、それ以上の意味や効果はなかったと思います。

どんな看板

― どうして、立体看板をつくろうと思ったのですか?

ずっと前から立体看板を作りたいという思いがあったんです。「かに道楽」みたいな目立つのをね(笑)。自分で作るには、どうすればいいか、も考えていました。それに、もともとイベント好きで、毎年ある下関のさかな祭りに出展していたんですが、いつも手作りで看板をつくっていました。他の店は、人から見られているという意識があまりないんです。やっぱり商売は「見られてなんぼ。目立ってなんぼ」ですからね。私はそう思うんです

― 恭勝さんは、どうだったのですか?

立体看板を作りたいというのは、意見のすれ違いの多かった父と、珍しく意見があった話で、私も以前から立体看板をつくってくれるところを探していたのです。たまたま「商業界」という雑誌で、興和サインの高橋社長が連載している立体看板の記事を見て「これだ!」と思い、父に見せたんですよ。そうしたら、父も立体看板を作りたいと思っていたことを、そのとき初めて知ったのです。

― どうして、興和サインに決めたのですか?

ホームページも見たんですが、立体看板を数多く手がけていることはもちろん、何よりも看板に対する熱意を感じました。また、色々な業界に対応できるデザイン力もあると思い、ここなら間違いないと直感しました。資料を送ってもらい、読んでからは、ますますその思いを強くして、すぐ父と一緒に東京に飛んで行きました。他社との比較はしてません。

3.最終的には「大きくて愛着の湧くまぐろちゃん」というコンセプトに

― 打ち合わせでは、どんな話をしましたか?

すでにあった看板の写真を持っていって、これを立体看板に変えたいという話をしました。その看板のイメージがあったので、切って部位説明の入った看板の立体化という方向でお願いしました。また、できれば、かわいいまぐろ、というイメージも話しました。あとは、お任せしました。父も、その後の詳細は、私に任せてくれました。

― どんな案ができましたか?

デザイナーさんが説明してくれましたが、やはり「かわいいまぐろ」と「切れてるまぐろ」では、イメージ的に両立しにくい、むずかしいということでした(下記案)。たしかに、体を切ってあって、かわいいというのはリアルで、ちょっと無理がありましたよね。

「かわいいまぐろ」と「切れてるまぐろ」

<それもそうだな、と思い、それでビームスにあった看板のイメージでまぐろの看板をつくったらおもしろいのではないか、とリクエストをしたんです。たまたま私が都心で見かけ、興味を惹き写真に撮っていた看板があったのです(右写真)。ちょっと未来的で、インパクトがあるかな、と思って。

 

― 「ビームス」案はいかがでしたか?

自分でリクエストしておいて何なんですが、市場には馴染まない感じがしました。カラーバリエーションも2案ご提案いただき、これはこれで悪くないのですが、市場の中に置いたら、きっと違和感があるに違いないと。

  • 「ビームス」案
  • 「ビームス」案
 

そこで、デザイナーさんと営業さんのアドバイスをいただき、最終的にオーソドックスな、かわいいまぐろでいくことにしました。当初から多少キャラクター的なイメージ案も僕のなかにはあったので、相談の結果「大きくて愛着の湧くまぐろちゃん」というコンセプトに絞り込みました。

― どんな最終案になりましたか?

最終案

とてもかわいいのに、インパクトのある案に仕上がりました。黄色バックも、飲食には目立っていいと気に入りました。そのため、これで決めかけたのですが、実は、最後の最後で、無理を言って、青バックと夕焼けイメージのオレンジバックの案も出していただきました。市場との調和を考えると、本当に黄色でいいのか、ひっかかりが、ぬぐい切れなかったのです。

  • 夕焼けイメージのオレンジバック
  • 青バック
 

やはり、まぐろ問屋として、信頼を欠くことのないイメージやデザインということで、結局、ある意味では無難な青バックに落ち着いたのですが、これで本当によかったと思います。

― 制作過程はいかがでしたか?

まぐろらしさを出すのに苦労されたようです。最初はもう少しやせていて、「まぐろ」というより「はまち」というイメージでしたが、最終的にはリアルで、それでいてぽっちゃりしたかわいいまぐろに仕上げていただきました。目や口もとてもかわいいです。まるまる太った方がおいしそうですしね。

また、こちらとしては、つける場所で、照明やら事前準備やらで、ちょっと苦労しました。以前は、2階からわかりやすいように高い位置に看板を付けていたのですが、下を歩いているお客さんに気付いてもらえるように、低い位置に変えたんです。ただ、照明や支柱が看板にかぶっていて多少気になりますので、どうするかが今後の課題です。

4.この看板ひとつで従業員の意識も変わった

― 出来ばえについては、どう感じていますか?

とても気に入っています。他にはない立体感がありながら、市場の雰囲気に浮かずに調和しています。インパクトがあり、それでいて親しみやすさもあります。

  • 従業員の受けがよく、この看板ひとつで従業員の意識も変わった気がします。店内の雰囲気も明るくなりました。当店のシンボルとして、他の店にない優越感を感じてもらっているのかもしれません。みんな、かわいいと言っていますし、名刺にも採用させてもらいました(右写真)。

  • 出来ばえ
 
 

― お客様の評判・反応はいかがですか?

大きいので目につきやすいようです。お客さん、とくに若い人から、かわいいと言ってもらえ、写真を撮っていかれる女性も結構います。

買いに来るお店や会社の方もみな気付いて驚かれる。看板があることによって寄ってきてくれる。そう「寄りつき」が違います。遠巻きにしていた人が、どんどん入ってくる、声をかけてくれる。昨日も顔見知りの社長が「どうかね」と声かけてきてくれました。いつもは声なんかかけてくるような人じゃないのに。看板がコミュニケーション・ツールにもなるんですね。

仁井田商店 今日も「びんちょう」買いに来てたよ。

 

仁井田商店 この看板は、きっと潜在意識にも残るでしょうから、また、ここに来ようと思ってもらえる。立体看板なら、記憶の目印の役割を果たしている気がします。

 

― 売上に変化はありましたか?

まだできてまもなく、年間を通して波もあるし、年による違いもあるから、はっきりしたことは言えません。ただ、手応えは感じています。たぶん、飲食は1割以上増えているんじゃないでしょうか?

また、いろんな種類の寿司を置いていますが、まぐろを求めてくるお客さんが明らかに増えましたね。興和サインさんのアドバイスにもありましたが、以前の看板は市場の景色に同化していましたが、「まぐろ」としての存在感をはっきり主張する看板になったと思います。

― 市場内での反応はいかがでしたか?

みんな開口一番「なんぼかかった?」ですよ(笑)。看板だけでなく照明とか支柱とかまで含めると、結構かかってしまいましたが、幸か不幸か、まだマネをする動きはないようです。みんな何でもすぐマネる方なのにね。看板に関しては、東京まで行って頼んだ訳ですから、そう簡単にマネできんぞ、というのはあります。人がやれないことをやりたかったので大正解です。

5.看板を通じて新たな問屋のモデルにもなった

― 今後の抱負などお聞かせください。

いま店舗はここだけですが、食べ物の商売は考えています。ただ、フランチャイズみたいにすると質が落ちてしまうので、そういう方法は考えていない。ふぐを他の場所で安くたくさんたべてもらいたいと思っています。

この看板については、今後、どういう効果や影響が出てくるのか楽しみです。10年20年と長く続く看板になってほしいと思います。

下関はふぐもですが、他にあじやら全国に自慢できる魚がたくさんありますので、もっと知ってもらいたいです。お寿司を通じて、そういうことにこだわって握っていますが、もっと買って帰ってもらったり、できることはまだまだあると考えています。

興和サインさんについては、私どもと立体看板に対する思い入れがマッチし、本当にいい出会いだったと思います。他にはない看板に仕上がり、名刺にも利用するなど、いろいな可能性が広がったことを感じています。

市場の存在意義が問われているいま、この看板は新たな問屋のモデルにもなったのではないでしょうか? 興和サインさんの活躍のフィールドも、今後どんどん広がっていくのではないかと期待しています

仁井田様、本日はお忙しい中、
貴重なお話をありがとうございました。

 
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