日本が国策として観光に注力するなら 現状の屋外広告物規制に縛られず 看板を舞台装置として活用するべき

サインと景観 第11回(最終回)
取材・文:髙橋芳文
広告景観研究所 所長
興和サイン株式会社 代表取締役
特定非営利活動法人 ストリートデザイン研究機構 理事長
サインと景観の連載は、今号が最終回となります。僕が話を聞いてみたかった方々にいろんな視点からお話を伺ってきました。
連載を通して、特に印象に残っているのは、鎌田経世氏の「屋外広告物は、調和だけではなく共存という考え方も必要である」(第7回/2013年8月号)ということと、五十嵐太郎氏の「景観は発見するもの」(第6回/2013年4月号)という言葉です。
この分野は、未だ研究の蓄積が不足しており、まだまだお話を聞いてみたい方々はたくさんいらっしゃるのですが、それはまた機会があれば実施してみたいと思います。
最終回では、先日視察をしてきた香港の看板の現状をご紹介いたします。
香港の袖看板は
無秩序に氾濫しながらも
それぞれが共存している
香港は、看板大国です。道路の上空にたくさんの袖看板が張り出している景色は圧巻です。大きさ、数、密度、すべてが日本とは桁違いのスケールです。
これらの看板群の下をくぐり抜けるオープントップバスツアーは観光客に人気があり、僕もこのオープントップバスに乗って、ネイザンロードの夜のネオンサインをたくさん撮影しました。
このツアーでは、バスが止まってくれる撮影スポットがあり、煌びやかな光のネオンサインを背景に記念写真を撮ることができます。もちろん僕も記念撮影をしました。このように香港の看板は、観光資源としての役割を担っています。
香港の袖看板は、無秩序に氾濫しながらも、なるべくお互いが重なり合わないように設置され、それぞれが共存する形で存在感をアピールしています。
「Guide on Erection&Maintenance Of Advertising Signs」という2000年に香港の行政が示したガイドラインによって看板の規制が実施されていますが、日本ほど厳しくはありません。この規制は新規の看板のみが対象で、既存の看板の修繕には適用されません。
また、実際には、無許可の看板も多数存在しているため、ガイドラインに則していない看板が多いのが実情です。
  • 香港の夜を彩るネオンサイン
  • 観光客に人気のオープントップバスによるツアー
ネオンサインは減少し
インクジェット出力や
デジタルサイネージが増加
今回の看板視察では、香港島の上環、中環、九龍半島の黄金の1マイルと呼ばれているネイザンロードと隣接する路地のほぼすべてを歩き、看板を見て回りました。
まちを歩きながら感じたことは、再開発された建物にはグローバルカンパニーのブランドショップ等が入居しており、看板が過密状態の香港らしさは失われつつあることです。 特に中環は政治・経済の中心地であり、このあたりの都市景観は、写真を見ていただくとわかる通り、洗練されています。再開発がさらに進むと、いずれ香港もネオンサインの灯が消えてしまうのかもしれません。
僕は、1997年以前のイギリスから中国に返還される前の香港も訪れたことがありますが、その時のほうがネオンサインは煌びやかに輝いていました。久々に香港を訪れてみて、以前に比べるとかなりネオンサインが減っている印象を受けました。
そうはいっても、ネオンサインは、今でもそれなりにたくさん存在しているのですが、それらはいずれも古くから付いているであろうものがほとんどで、新しいネオンサインはあまり見かけませんでした。今では、香港でもインクジェット出力の看板やLED光源の看板、デジタルサイネージなどが増えてきています。
また、香港の看板をたくさん見て気になったことは、構造計算などをきちんとして設置されている看板が少ないのではないか、ということです。
写真にあるような細いアングルで持ち出された看板が無数にあります。電飾看板が吊るされているような状態で、風が吹くとグラグラと揺れる看板も少なくありません。これには少しスリルを感じました。香港において看板の安全対策は、これからの課題となってくるでしょう。
  • 中環の近代的な都市景観と看板。新しい看板にはLEDを用いたものやインクジェット出力、デジタルサイネージが多い
新旧の看板の混在・共存が
香港の都市空間の魅力
取材・文 髙橋芳文(広告景観研究所 所長)安全対策には問題があるとしても、新しいものと古いものが混在して共存する都市空間こそが、香港の都市の特長であり、魅力ある景観だとも言えます。香港の過密で猥雑な看板は文化であり、観光資源です。
今の日本の屋外広告物規制では、香港のように看板を観光資源として活用するまちづくりは繁華街でもできません。しかしながら、日本はこれから国策として観光に力を入れていく以上、都市の個性や活気を演出する舞台装置として、繁華街などでは看板を積極的に活用していくべきだと僕は考えます。
これからのサインと景観に関する我が国の政策は、美観だけではなく、経済的利益の観点も考慮した景観整備の仕組みをつくることが重要なポイントになります。
最後になりますが、香港の都市景観は、これからどのように変わっていくのでしょうか。定期的な定点観測を続けて、香港の看板文化の変遷を見守り続けたいと思います。(了)
  • ネオンサインも多数見かけるが、古くから付いているであろうものばかり。ネオンは減っている印象を受ける。デジタルサイネージ、LED チャンネル文字、インクジェット看板など
  • 細いアングルで持ち出された看板や、竹で組んだ足場も多い。行政による規制が実施されているが実情はか