吉村智樹さん看板キッドをインタビュー 第一回目

吉村智樹さん看板キッドをインタビュー

第一回目。いまや東京を代表するランドマークとなった巨大なサイン「I LOVE 歌舞伎町」や、野方の商店街で開催されSNSなどでおおいに話題になった「エイプリルフールに人がクスッとするジョークの張り紙プロジェクト」など、これまでにないエンタメ看板の仕掛人として活躍する“看板キッド”こと高橋芳文さんに、看板ウオッチャーとしても知られる放送作家の吉村智樹が迫ります。

看板キッド高橋芳文 放送作家吉村智樹

今回はその第一回目。

高橋さんの目には、現在の街の看板がどのように映っているのでしょう。

第一回「つまんない看板、多くないですか?」
いまの看板は似たり寄ったり

―― 高橋さんが街のヘンな看板や誤植などをたくさん掲載した*「VOW(ヴァウ)」(宝島社)の単行本を集めていらっしゃるのには驚きました。コレクションのなかには僕の著書もあって恐縮です。

*VOW(ヴァウ)は、かつて宝島社が発行してた雑誌『宝島』に連載されていた、街のヘンなものを読者が発見して投稿するコーナー。1987年に書籍化し、現在も続刊中。吉村智樹は関西版を三冊上梓している。

文字が欠落していたり、意味が分からない看板とか、昔から好きですね。自分でも見つけたら撮ってブログやFacebookにアップするんですよ。

放送作家 吉村智樹――でも看板のプロの方にとって、「VOW」って言わば悪例作品集ですよね。やっぱり「こうならないように」って気をつけるために読んでいらっしゃるんですか?

いえ、そうではないんです。むしろ「VOW」に載っているような、普通に街に存在するヘンなものや素人っぽさ、ヘタウマ、そういう感覚のものに看板のプロはもっとにじり寄っていくべきですよ。どんどん“プロっぽさ”を破壊して、ヘンなものをつくって、プロと素人っぽさの境界をあいまいにして看板で遊んでいかないと看板業界に未来はない。

――プロと素人っぽさの境界をあいまいに……。それはまた大胆なご意見ですね。僕はてっきり、いまこそ看板業界はプロらしさ見せつけるべきなのだと思っていました。

これまではそうだったかもしれません。でもこれからは違う。いま、街の看板は、おもしろいですか? つまんない看板、多くないですか?

――うぅ。確かに、以前に比べて個性的だと感じる看板は減ったような気がします。

吉村智樹さん看板キッドをインタビュー街の看板、似たようなものばかりでしょう。店内を撮影したきれいな写真があって、商品カットがあって、価格が訴求してあって。技術革新によって看板が簡単につくれるようになったけれど、もう広告のテンプレートと化しています。写真をたくさん使って、金額が出ていて、おいしそうなキャッチコピーが書いてある看板が立っているけれど、それを見ても逆に食欲はそそられない、みたいな。ひとつひとつはきれいだけれど、どれも同じだから一か所に集まると飽和して記憶に残らない。広告の要素が強い看板が街に氾濫しちゃって目立たなくなっている。

――居酒屋とか、看板が似ていて、店の区別がつかないときがありますね。

名前を消したらどこがどこだかわかんないじゃないですか、ぶっちゃけた話。技術革新が進みすぎると、みんなが写真を入れるし、みんなが特徴的な料理を載せることで逆に没個性になってゆく。

いまの看板に欠けている「先行思考」

看板キッド”こと高橋芳文ところで「先行思考」ってご存知ですか?

――先行思考、いやぁ、存じあげないです。

「先行思考」とは見ている人が先を少し読む。この先きっとこうなるんだろうと予想する。そういう思考方法のことです。誰でも物事の先を読みますよね。でも、いいドラマっていうのは先行した予想を裏切り、それでありながらもっとハラハラさせて進んでいく。意外性ってすごく重要なんです。ところがいまの看板って裏切りも意外性もない。ただ情報が書いてあるだけ。

――メニューと値段が並んでいるだけですもんね。

現代社会のストレスの原因って、情報過多から生じているんです。情報が多すぎて、街ゆく人々が「看板って、どうせ広告でしょ」って視界からシャットアウトしてしまう。どうせ広告って思った瞬間に見なくなっちゃう。なのに看板業界は遅れているのか、いまだに「どうせ広告でしょ」って看板をつくり続けています。「先行思考」を考慮してゆけば、「広告でしょ」じゃないカタチの看板をつくっていくべきなのに。

――看板の情報量があまりに多いと、うわっ、いやだと、避けることはありますね。美辞麗句が並んでいるし裏切らないんだろうけれど、見たまんますぎるのは無意識に遠ざけているかも。

そこへいくとVOWに載ってるような意外性がある看板は街なかで気に留めてもらえるし、「え? なに?」って興味をもってもらえる。スマホで撮影してSNSで拡散してもらえる。長い目で見るとそのほうが活性化するんです。これからはもうきれいなものをつくるのではなく、もっと変なことを考えて、街を猥雑にし、汚してゆくべきです。

街を猥雑にし、汚してゆきたい

――街を猥雑に? 汚してゆく? あの……看板屋さんがそんなことをおっしゃって、よろしいんですか?

ええ。2003年に国土交通省が「美しい国づくり政策大綱」をまとめて以来、翌年から景観法が厳しくなって看板が規制され始めました。目立ったり下品だとはずさせられる。街から猥雑な風景が消えていっています。再開発が進んで、どんどんきれいにしていきます。でも街の猥雑をよしとしない考え方は間違っているんです。美しい国づくりを進めると街が平凡な大箱と化して、風景がどんどんつまらなくなってくる。住む人も無個性になる。しかし、たとえば外国人の目には、小さな店がひしめいている新宿ゴールデン街の雑多さとか、魅力的に映っているんですよ。そういった観点からみても、猥雑な雰囲気のある路地とか、味のある場所や風景は許容していった方がいい。そのほうが住む人たちが活き活きとして、街がおもしろくなる。

――わかる気がします。僕もあまりにも整備された街だと、息苦しさをおぼえます。そういう味のある場所を取り戻すために、VOWに掲載されているような看板で、あえて街を猥雑にし、汚してゆくということなんでしょうか?

VOWへのオマージュそうなんです。VOWへのオマージュです。人がクスッと笑っちゃう、ちょっとずれたVOW的な珍看板の要素を、いまのつまらない看板ににじませていったら、街がもっとおもしろくなるんじゃないかと。これまでの広告的なものから広告っぽさを消したい。看板からプロっぽい広告的な感じを消し去り、それでも残っていくものを看板に変換していかないと、たぶんこれからどんどんどんどん見てもらえなくなる。さらに情報が増えることで、ストレスになって、不快感を与えるし、看板が人々から嫌われる存在になってしまう。そんな危機感をおぼえます。

――でも、でも、VOW的な看板を確かなワザを持つプロがつくるのって、いいのかなという気が……。老婆心ながら路上観察でとどめておられた方が。

いえ、基本的に僕は観察者にはなれない。根っからビジネスマンなんで、ああいうヘンな看板を見つけるだけではなく、自分でつくりたい! 僕たちはつくってなんぼの世界なんで。おもしろいもの、変態チックなものをつくりたいという想いがクライアントと合致し、新しい何かが誕生する。そんな鳥肌が立つ瞬間を迎えることが僕の理想なんです。

――変態チックなもの! 鳥肌が立つ瞬間! とはいえVOWって、どれも天然で、爆弾級のネタがありますよ。あれを意図して再現するのはそうとう高度な作業になりますよね。

もちろん、やりすぎるとつまんなくなるし、あざとくなっちゃうんで、そうならない程度にね。毒をにじませる感じで。

――そういうお考えに至ったのは、現在の看板業界へのアンチテーゼですか?

そうではないんです。これは自己否定なんです。

――自己否定? と、言いますと?

VOW僕は2004年に本を出したんです。その本には「看板に写真を入れましょう」や「看板に商品の価格も書きましょう」など、情報を盛り込みましょうと書いたんです。もちろん、2004年の時点ではそれは間違いじゃなかった。うそじゃない。当時はそうだったんです。でもこの方法は間違っていなかったからこそ氾濫して飽和してしまった。いまは違う。だから、いまの僕の考え方に早く気づいてほしいんです。

――わかりました。では次回から、VOW的な要素をにじませていった作品の実例についておうかがいします。どうぞよろしくお願いいたします。

取材・執筆 吉村智樹(放送作家)

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